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腸のおもしろ話 第9回 相互に影響し合う、サーカディアンリズムと腸内フローラ

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腸のおもしろ話 第9回 相互に影響し合う、サーカディアンリズムと腸内フローラ

皆さん、ご無沙汰しています。サンスター研究員・しみず師範です。
わたしは引き続き、ニューヨーク州バッファローで研究に励んでいますが、ずいぶんと暖かくなってきました。

では今回もさっそく腸のお話をはじめましょう。
腸内環境が、人々の健康に様々な影響をもたらすことは、近年多くの人に認知されつつあり、このコラムシリーズでも「エンテロタイプ」「シンバイオティクス」「リーキーガット」「ブリストルスケール」「歯周病菌リスクと腸」「脳腸相関」「腸内環境と糖尿病(前編)(後編)」などのトピックを扱ってきました。
これまで、食物などの身体にフィード(feed: 食べる 送り込まれる)されるものと腸の関係を扱ってきました。今回は、人体の恒常性(ホメオスタシス)を保つために重要な「睡眠」と腸の関係を探っていきましょう。

睡眠が持つ役割と、現代人を悩ます睡眠負債とは?

人の1日の活動の中で、おおよそ1/3から1/4は睡眠で占められています。そして睡眠が精神的、身体に様々な影響を与えることが研究結果からも明らかになっています。

最近では、“睡眠負債”という言葉が登場するなど、睡眠は社会の大きな関心事のひとつとなっています。
睡眠時間の不足は、夜勤や交替勤務(シフトワーカー)で起こる体の不調(消化管の不調、がん発症との関連性など)や、生活習慣病(肥満、糖尿病など)のリスクになると考えられています。また、ある一定時間の睡眠を取れていても、睡眠の質に課題がある人が多いというのが現実です。
睡眠に影響を与える要因は、他にも多くあります。ストレス、生活リズムの乱れ(仕事などにより帰宅時間が遅くなるなど)や、最近よく取り上げられているのが、就寝前のスマホ・タブレットの閲覧(ブルーライト)です。

良い眠りに導くキーワードは「サーカディアンリズム」と「体内時計」

そもそも、私たちは当たり前のように、朝起きて、昼間活動し、また夜になると睡眠を取る、という行動を繰り返しています。これは、体内にサーカディアンリズム(概日リズム)という1日周期のリズムが存在するからです。このリズムを刻むのが体内時計であり、体内時計は時計遺伝子によって働きを調整されています。2017年のノーベル医学・生理学賞は、この時計遺伝子機構の発見に与えられています。

腸内の末梢時計は、睡眠と相互に影響しあっている

このコラムシリーズでは、毎回、腸内細菌に関するテーマを取り上げてきました。今回は腸内細菌と睡眠の関わりについて触れていきたいと思います。

実は、体内時計には大きく二つの系統が存在することが分かっています。
ひとつは脳の視床下部(視交叉上核)にあり「主時計」と呼ばれる中枢性のものと、もうひとつは各臓器(筋肉、心臓、肝臓や消化管など)にあり「末梢時計」です。

末梢時計は体のいたる所に存在するため、主時計との調和を乱しやすい性質があります。この調和の乱れがサーカディアンリズムの乱れに繋がり、更には健康状態や恒常性(ホメオタシス)に悪影響を与えることが分かっています。
そして、サーカディアンリズムの変化が、腸内フローラの構成に変化をもたらします。つまり、睡眠と腸内環境には、双方向の作用があるということです。

では、体内時計を調整する時計遺伝子が無いとどうなるでしょうか?
腸内の時計遺伝子を失くしたマウスを用いて実験を行ったところ、腸内細菌によるサーカディアンリズムが認められなくなったという報告がされています。人の試験においても、生活リズムの乱れ、例えば時差や睡眠の制限などは、腸内フローラや代謝活性に変化をきたすことが認められています。

一方で逆の可能性はどうでしょうか?
腸内細菌を調節すれば、生活リズムが良くなったり、あるいは睡眠が良くなったりするのでしょうか?その可能性はあると考えられています。実際に抗生物質や抗菌剤を投与した例では、腸内フローラの変化が見られると共に、睡眠の状態が良くなる(ノンレム睡眠が増加する)といった報告がなされています(※1)。

良いサーカディアンリズム・良い睡眠のために

朝・昼・晩の生活のリズム、夜更かしや寝る間際のカフェインやブルーライトを避ける、また食事の回数や内容など色々とできることはありますが、実際、日常の忙しさなどに追われ、なかなか対応できないのが現代人のつらいところとも言えます。ここでは、食事など食べるものから、睡眠の質を考えていきたいと思います。

ここでも、やはり生きたビフィズス菌や乳酸菌を含むプロバイオティクス食品や、腸内で善玉菌の栄養となるプレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖)食品などを用いた食餌療法は、有力な手段と考えられています。

最近の研究で、短鎖脂肪酸が腸管にある末梢時計を調整することが明らかになりました(※2)。短鎖脂肪酸は腸内細菌によって産生される物質のひとつで、他のコラムでも取り上げてきた人の健康維持にとって重要な物質です。オリゴ糖や食物繊維を豊富に含む食事、例えば玄米菜食などを積極的に取り入れる“腸活”を行うことは、体のリズムを整えるという事も含め、体全体のためになることだと考えられます。

また、その名前を聞かれたことがある方もおられると思いますが、ラクトフェリンという乳由来の成分があります。

動物を用いた実験で、ラクトフェリンを含むプレバイオティクスを離乳期に与えると、睡眠状態が改善し、外部刺激に対するノンレム睡眠の減少を防いだという報告がされています(※3)。また、人での試験においても、ラクトフェリンを摂取することによる「便の状態の改善」と「排便がない日の減少」は、「疲れが取れた」や「ぐっすり眠れた」などの改善と有意な相関が認められており(※4)、ラクトフェリンも手段の一つと考えられます。

睡眠への影響要因は、体の色々な機能が関与しているため、腸内細菌一つで語れるものではありません。しかし、腸内細菌が持つ体への大きな影響力を感じて頂けたのではないでしょうか。

現代は、生活や食事のリズムが崩れやすい環境要因も多く存在します。良い睡眠を得るため、規則正しい生活や食事、睡眠の質にアプローチできる成分を摂る事を心掛けるようにしましょう。

  • (※1)Jackson MLら,“Sleep quality and the treatment of intestinal microbiota imbalance in chronic fatigue syndrome: a pilot study.” Sleep Sci. 2015; 8: 124-133
  • (※2)Yu Taharaら,“Gut microbiota-derived short chain fatty acids induce circadian clock enttainment in mouse peripheral tissue.” Scientific Reports 2018; 8: 1395
  • (※3)Thompson RSら,“Dietary prebiotics and bioactive milk fractions improve NREM sleep, enhance REM sleep rebound and attenuate the stress-induced decrease in diurnal temperature and gut microbial alpha diversity.” Front Behav Neurosci. 2016; 10: 240
  • (※4)上﨑 聖子ら,“ラクトフェリン含有食品が睡眠不良者の睡眠感,気分状態および腸内環境に与える効果 -無作為化プラセボ対照二重盲検比較試験-” 薬理と治療 2018; 46: 55-63